元参議院議員 田中しげる

しげるレポート | 田中しげるの活動報告ブログ

アベノミクスはなぜ失敗したか
レポート 2017/05/29

 少し前に読んだ記事に、経営コンサルタントの大前研一氏が「アベノミクスはなぜ失敗したか」について語っているものがありました。これがとても分かりやすく、成程と面白く読めました。かいつまんでご紹介したいと思います。

 民主党(現民進党)政権に代わって、第2次安倍政権が発足したのは2012年の12月でした。そして政権がデフレ脱却のための経済政策として大々的に打ち出したのが、「アベノミクス」という「3本の矢」で構成された戦略でした。これは大胆かつ画期的な試みで、世界中がその成否を見守りました。内容は以下のとおりです。

第1の矢
「大胆な金融政策」
金融緩和をして流通するお金の量を増やし、デフレマンインドを払拭する。

第2の矢
「機動的な財政政策」
約10兆円の規模の経済対策予算によって、政府が自ら率先して需要を創出する。

第3の矢
「民間投資を喚起する成長戦略」
規制緩和により民間企業や個人が真の実力を発揮できる社会へ

ところが、これがほとんど機能せずに失敗だったと大前氏は指摘しているのです。

 安倍政権は、日本銀行と連動して行う「第1の矢」の効果として、2年後の物価上昇率を2%にすることを高々と宣言しました。要するにデフレ状態から脱却すると約束したわけです。その意味ではこの第1の矢が最も重要な戦略でした。ところが2年後どころか、現在なお達成できていません。黒田東彦日銀総裁は、達成できなかった言い訳を述べて、いまだに2%の達成に固執していますが、今後も達成するのは無理だろうというのが、識者の一般的な見方です。
 天然ガス価格の高騰や輸入量の増加で、物価がやや押し上げられた時期もありましたが、日常生活では倹約が徹底され、お金が消費に回っているようには思えません。最近では商品価格を下げる店も出始め、コンビニですら一部の生活用品の値下げを行っています。むしろデフレが懸念され、政府が期待したような状況には程遠いといえるでしょう。
 大前氏も「日銀のマイナス金利という禁じ手まで導入して、市場のマネタリーベースをじゃぶじゃぶにしたにもかかわらず、いまだに物価上昇率2%は達成されていない」と指摘しています。

 では、「第2の矢」はどうでしょうか?「『機動的な財政政策』も、国債発行残高を増やして国の財政を悪化させたうえ、人手不足と資材高騰を引き起こしただけだ」と手厳しく批判しています。機動的な財政政策は、これまでの公共投資にオーバーラップします。景気がよくなるのは土木や建設関係など限られた職種であり、投入する財源は赤字国債の発行ということになります。
 国の借金は1000兆円をはるかに超えていますが、これまでの政権はいずれ景気がよくなったら返せると、借金を続けてきました。もちろん景気をよくするために行ってきたはずですが、景気は回復せずに借金は膨らむ一方で次の世代だけでなく、その次の世代へと残されていきます。
 かつて中曽根康弘総理は、それまでの国の借金経営を是正し、総理任期中の予算編成は借金をしないで組むことを実行しました。当時とは日本経済の状態や社会自体が異なるとはいえ、そのおかげで一時期、赤字国債の発行を止めることができたのです。
 「(ヘリコプターからまくようにお金をばらまいて需要を喚起する)ヘリコプター・マネーが、余っているお金ならまだいい。しかし、日本でこの手のばらまきをやるとなると、原資はすべて次世代からの借金にならざるをえない。では、15年後、20年後の人がこの借金を、喜んで払ってくれるのか。税金の担い手は勤労世代。だが、日本のデモグラフ(人口動態)をみれば、今後勤労世代の人数は確実に減っていく。払おうにも払いようがない状況が訪れるのは明らかだ。だから、将来に負債を先送りするような政策は、政治家としてもつべき倫理からいっても、絶対にやってはいけない。そういう意味でもヘリコプター・マネーは、まともな経済政策とはいえない」。大前氏の指摘はまさにその通りです。

 大前氏が挙げる資材の高騰と人手不足も困ったものです。資材の高騰は身近な例でいえば、東京オリンピックの競技場の建設費にも影響が出ました。また人手不足は求人倍率の高さに表されます。求人倍率の高さは本来景気のよさを示すものですが、ここにも落とし穴があります。たとえば製造業などの工場や、土木・建設工事などのきつい仕事に就く人が少なくなっています。それが求人倍率の高さに反映していることも考えられます。さらに少子高齢化も原因となっています。したがって求人倍率が高いからといって手放しで喜べることではないのです。

 「第3の矢」に関しては、大前氏は「(民間投資を喚起する成長戦略)も掛け声だけでまったく効果が出ていない。地方創生や女性活用で成功した政策が一つでもあるか」と批判しています。
確かに鳴り物入りだった地方創生は、当初次期総理と目された石破茂氏の大臣就任が騒がれたものの、その後マスコミで取り上げられる回数も減り、今では何をしているのか国民にはほとんど分からない状態になっています。
 地方の創生や活性化には、日本の統治体系自体を変えるような根本的な大改革が必要だと考えます。小手先の改革では持続性を伴うことが困難です。大都市、とりわけ東京の一極集中を変える必要もあります。しかしそれは言うは易し、行うは難し、ということになります。地方創生は手をつけるべき課題ですが、上辺だけの改革では一過性のもので終わるのが目に見えていますし、政策に連続性がなければ、そのあとはさらに過疎化がひどくなる可能性も考えなければなりません。

失敗の原因

 アベノミクスの失敗を大前氏は「日本経済の現実を何もわかっていない人たちが旗を振って金利を下げて、カネをじゃぶじゃぶにしている非常に浅はかな経済政策」だからだと指摘しています。日本の現実をわかっていない人とは、アメリカの経済学者や、アメリカの経済理論を学んだ人、それに影響されている人たちを指します。
 「彼らはアメリカ経済学の輸入学者だから、自分たちがアメリカで学んだ金融政策や財政出動といった20世紀のマクロ経済学の景気対策が、そのまま通用すると思い込んでいるのだ。
 しかし、現在の日本は、20世紀のアメリカとは明らかに異なる。簡単にいうと、彼らの信じる経済学は、人びとが強い欲望をもって暮らしている社会を前提にしているのである。・・・欲望をギラギラさせているような人たちによって社会が構成されているから、アメリカではマネーサプライを増やし、金利を引き下げれば景気がよくなるという公式が成り立つのだ」
 普通、金利を下げて市場にお金が出回れば消費が活発になり、景気が上向くはずなのですが、日本ではどうしてそうならないのでしょうか。実は、日本は今や世界でも珍しい「低欲望社会」であり、老後や何かあったときに備えてお金を使わなくなっているのです。従って、金利が下がってもすぐそれに反応してお金を借りて家を建てたり、車を買ったりするようなことはしなくなりました。ちなみに日本人の貯金額が最高になるのは死ぬときで、その平均額は3500万円だそうです。要するに貯めているのです。それだけ国民が国の社会保障政策を信用していない証明でもあるのですが。

 大前氏はアベノミクスの失敗を次のように語っています。「現在の日本は、所有や消費をしたいという欲望がきわめて低い『低欲望社会』なのである。そこに高欲望社会の処方箋を持ち込んだところで、うまく機能するわけがない。・・・20世紀のマクロ経済学の景気対策がそのまま通用すると思い込んでいて、人々が欲望を持って暮らしている社会を前提にしている」
 同じことは実は企業にも言えます。為替相場を円安に誘導して輸出産業の利益を守り、法人税を下げて企業の利益が出るようにしたりしていますが、本来ならその利益は賃金にも反映されなければいけません。しかし、それが十分ではありません。多少の還元はあっても、実質賃金はほとんど変わっていないか、マイナスになっています。賃金が上らなければこれまで以上に消費に回すことはできません。では利益はどこへ行ったのでしょうか。実は内部留保に回されています。企業も人間も同じように万一に備えて貯めているのです。
 経済理論にトリクルダウン(trickle-down effect)理論があります。これは富裕層や大企業を豊かにすると、富が国民全体にしたたり落ちて、経済が成長するというものですが、アベノミクスではそうはなりませんでした。豊かになったのは企業、とりわけ一部の企業と株高の恩恵を蒙った人たちだけでした。 

第2のアベノミクス

 2015年の10月、安倍総理は「アベノミクスは第2のステージに移る」と宣言し、「1億総活躍社会」の実現を目的とした「第2のアベノミクス」を発表しました。その3本の矢とは以下のとおりです。

第1の矢
「希望を生み出す強い経済」 GDP600兆円

第2の矢
「夢を紡ぐ子育て支援」 出生率1.8

第3の矢
「安心につながる社会保障」 介護離職ゼロ

 ところが「新3本の矢」に対する評価は芳しくありませんでした。特にこれは「矢」ではなく「的」ではないかという意見が圧倒的でした。つまり的を射るための矢、すなわち戦略ではなく、目標を羅列しただけではないかというのです。確かにその目標をどのように達成するかという戦略(矢)がどこにもありません。
 また、「第2のアベノミクス」に批判的な人たちは、目標自体が達成できそうもないことを挙げています。たとえば第3の矢では介護離職ゼロとしていますが、高齢化が加速する中でどのように達成できるのか、その矢は一体何なのかというわけです。こう考えていくと、単なる努力目標といわれても仕方がないことがわかります。

 こうして「第1次アベノミクス」も「第2次アベノミクス」もうまく機能していません。それでも日本の景気は今のところ悪いわけではありません。むしろ心配なのはこれからです。アメリカの貿易収支の赤字が論議され、日本が槍玉に挙げられるのは必至です。日本の経済を牽引している自動車産業に与える影響は大きいことでしょう。日本経済が抱える問題は、これから正念場を迎えます。

日本に生まれ育ち、一生を過ごしたいと言える「誇りのもてる国」
ページトップへ