日本では衆議院の解散が行われ、新党の立ち上げや民進党の突然の解散など野党全体の地図が大きく変わろうとしています。毎日、その情報がマスコミに溢れ、国民の関心も必然的にそちらに向いているようですが、解散理由の一つに挙げられた北朝鮮問題への関心が薄れるようではいけません。実際、その重大性を考えれば、解散している場合なのかという議論が出ても当然だと思います。
米国と北朝鮮、二国間の問題では決してありません。日本も当事者なのです。かつて日本国民が拉致され、いまだに解放されていないことを考えれば、日本の常識が全く通用しない国だと考えるべきでしょう。政府には予断を持たず、緊張感を持って北朝鮮問題に向き合って欲しいと思います。
<忘れてはいけない拉致問題>
日本と北朝鮮の間には、拉致問題が長い間解決されないまま残っています。今日、北朝鮮といえば核とミサイルの実験が直近の脅威として報道されるばかりですが、拉致問題を忘れてはいけません。今日、政府が認定している拉致被害者は17人、救う会が認定しているのは政府認定にプラス7人、さらに特定失踪者問題調査会は、拉致被害者は100人以上と推定しています。
10年前に上梓した『変えるべき守るべき日本の姿』(PHP)に私は「国家意識が希薄な日本人」と題して次のように書きました。
「国家が本質的にどのように成り立っているかというと、主権、領土、国民の三要素が一つになって国家というわけです。この三つの要素のどれが欠けても国家とはいえません。主権がなければ国家をコントロールすることができないし、住んで生活する領土がなければ国家とはいえず、国民のいない国家などありえません。そして国家には、国民に対して生命と財産と安全を確保する責務があるのです。さて、北朝鮮による日本人拉致問題は、相変わらずその後の進展がありません。そもそも国家成立条件の三要素である主権、領土、国民をすべて踏みにじられたのが拉致事件です。北朝鮮により不法に領土を侵犯され、主権を侵害され、日本国民が監禁、拉致されたのです」
10年経っても状況は全く変わらないどころか、かえって悪くなっているような気配すら感じます。今回、国連総会においてトランプ米大統領が拉致被害者の一人である横田めぐみさんについて、13歳の少女が自国で北朝鮮に拉致されたことを全世界に向けて初めて語りました。これが一つの糸口になればいいと思いますが、北朝鮮によって国家そのものの存在が踏みにじられたことを、日本人は強く再認識すべきです。
<外交における対話と圧力>
9月20日、国連総会の一般討論にて安倍晋三首相は演説し、「対話ではなく圧力を」と強い調子で北朝鮮を非難し、北朝鮮への圧力を世界各国に呼びかけました。その演説内容がわかっていたかのように前日(日本の9月20日)、田中均元外務審議官(現:日本総合研究所国際戦略研究所理事長)がダイヤモンドオンラインに、「対北朝鮮『圧力』だけを喧伝するのが外交か」と題して、北朝鮮問題と最近の日本の外交と報道を検証する一文を発信していました。
田中元外務審議官の趣旨を私なりにまとめてみると以下の通りです。
1.北への「圧力強化」は当面の方針として間違っていないが、圧力はあくまでも外交の手段であり、目的ではない。
2.目的は北朝鮮の核を放棄させること。北朝鮮が核放棄の交渉に応じざるを得ないように孤立させることが必要。
3.北朝鮮の孤立を図るためには、北朝鮮貿易の9割を占める中国の行動が鍵を握る。
4.対話と圧力は一対の概念である。「対北朝鮮圧力強化」の喧伝は強硬論一辺倒の雰囲気を生む。北朝鮮のように大国に蹂躙されてきた国は「圧力には断固戦う」という大儀を生んでしまう。
5.外交として重要なのは国内で「圧力」を喧伝することではなく、制裁の実効性を高めていくこと。
6.そのためには中国との意思疎通を密にし、協議を重ね中国を動かすこと。
7.ところが日本と中国の密接な協議が行われている気配はない。
8.北朝鮮の「非核化」による利益は、中国と日米韓に共有されている。
9.日中韓三国の相互信頼関係が欠如している。日米中韓の共通の戦略の構築が急務。
10.北朝鮮の行動次第で制裁の強化を行うと同時に、出口戦略を作ること。
11.現在日本の貿易総量の25%を占めるのは中国である。30年前は同じように25%を占めて、圧倒的な貿易パートナーだったのは米国だった。そのことの重要性をもっと理解すべきである。
田中元外務審議官の発言の中で最も注目すべきは中国との関係にあります。
第2次安倍内閣発足後、安倍首相と中国の関係は良好とはいえません。安倍首相の靖国参拝や尖閣諸島の領有化などの反発から、長い間、安倍首相は中国の習近平国家主席と会うこともままなりませんでした。勿論、東シナ海、尖閣等、領土や資源に関し国家として一歩も譲る必要はありません。しかし、関係悪化を修復するために政府が懸命に取り組んだとはいいがたいといえるでしょう。というのも、安倍首相は何かといえば中国に対し「常に我々の窓は開いている」とか「オープンである」と言い続けてきました。「オープンである」ということは、来たければ「そちらからどうぞ」という意味が強いのではないでしょうか?
日本は国家として中国にへりくだる必要は全くありませんが、関係が悪化している相手に上から目線で物をいえば、結果がどうなるかは自明といえるでしょう。
トランプ大統領の就任以来、首脳間の電話会談が盛んです。安倍首相も北朝鮮問題についてトランプ大統領、プーチン大統領、文在寅韓国大統領などと電話会談を行ったとの報道は度々目にしますが、そこに肝心な習近平国家主席の名前は出てきません。トランプ大統領と習近平国家主席が何かあれば電話会談をしているにもかかわらずです。
中国抜きで話が決まるのなら構いませんが、米国は北朝鮮に対して一番強い影響力を持つのは中国だとしているわけですから、習近平主席とも連絡を取りあわなければいけないはずです。ここに、北朝鮮問題に関する現時点での日本外交の限界と大きな問題があります。
もう一つの問題は出口戦略です。日・米・中・韓にロシアも入れて早急に出口戦略を作る必要があります。どんなに圧力をかけても、その後の戦略がなければ核放棄どころか戦争に向かうだけでしょう。ところが、日本がイニシアティブを取ってその努力をしている気配はありません。当然ながらここにも中国との関係が影響を及ぼしています。米国頼みの首相の強気の発言だけでは、外交としては十分とはいえないのです。
<日中関係を考える>
9月23日にNHKテレビで「総書記 遺(のこ)された声~日中国交 45年目の秘史~」というスペシャル番組を放送していました。1980年代の中曽根康弘首相と中国の胡耀邦総書記時代は、国交樹立後の日中関係が最も良好な時期でした。しかし、日中友好関係に危機を感じた元老達により、総書記は失脚することになります。以後、中国のトップ達は日本との友好に積極的に取り組むことがありませんでした。
番組は『大地の子』を著した小説家、山崎豊子氏が残した遺品の中に胡耀邦総書記に取材したテープが見つかり、そのテープを基にした日中友好のドキュメンタリーでした。中でも印象深かったのは総書記の言葉でした。
「愛国主義を提唱しているのに、世界各国の人々に友好的でないのは、愛国主義とはいえない。国を誤るという「誤国思想」、誤国主義というものである。我々は誤国主義を防がなければいけない。自国の利益だけを考える狭い愛国主義に陥ってはならない」。肝に銘じるべきだと思います。
先年中国へ行った際に、中曽根元総理の代参で胡耀邦総書記のお墓参りをしてきたことはすでに書きましたので参照していただきたいと思います。現在、中国では胡耀邦総書記の功績や立場は回復しており、中国が現実的な路線を歩もうと努力しているのは周知の通りです。
胡耀邦総書記とともに日中友好関係を築いた中曽根康弘元総理は、50年の戦後政治を語った『天地有情』(文藝春秋:1996年)の中で次のように語っています。「胡耀邦さんは、自由主義的な改革・開放主義でしたから、日本というものを重要視しました。だから私も胡耀邦さんは大事にしないといけないというわけで、国会でも演説してもらいました。中国の政治家で国会で演説したのは彼が初めてだったと思いますよ。
それで2人で会議をやったときに、それまでの「平和友好、互恵平等、長期安定」という三原則に、私は「相互信頼」というのを加えたいと提案した。「これからの日中間にはいろいろ問題が起こるだろうし、疑心暗鬼もあるだろう。しかし、互いに信じあってその信頼に応えるよう誠意を持ってやれば問題はすべて克服できる」と。そしたら、胡耀邦さんは目をまるくして、「それはいい提案だ」と、すぐ賛成したね。それ以来、四原則になった」
また同書の別の箇所では次のように述べています。
「冷戦で、ドイツ、日本は強大な隣の共産国に対し、自由世界、特にアメリカと提携して繁栄を図り、成功しました。将来現出する強大な中国に対し、精神的に隷属しないこと、自由世界、アメリカとの確実な提携を基本にして、中国と共存共栄の道を探ることは日本外交の必然の運命でしょう。我々は、21世紀のアジアにふさわしい新しい普遍的哲学、思想を創造して、中国と徹底的に話し合い、共生発展を図ることが必要です。このことを心掛ける政治家、学者、外交官が出てこなければならない。覇権を求めない中国とは共生できるはずなのです」
中国との関係は日本だけではなくアジア全体の問題として、また世界の問題として検討すべきでしょう。現在アジアには日本、中国、インドという3つの強大国が存在しています。日本はこの2つの国とバランスを取ってアジア全体の発展のためにうまく舵取りをしながら付き合っていく必要があります。現在はインドとの関係が良好ですが、敵を作らないのが外交だとするなら、中国との関係良化を積極的に図らないと、いつか孤立するような事態に陥らないとも限りません。
北朝鮮問題に関する限り、圧力をかけるのにも鍵を握っているのが中国であることははっきりしています。だからこそ、アメリカの大統領は中国の国家主席と電話で会談するわけです。
今年から来年にかけて日中国交正常化45周年、日中平和友好条約締結40周年を記念する周年行事が行われます。日中首脳同士のお祝いメッセージの交換も10年ぶりに行われました。北朝鮮問題で日本が中国といかに向き合っていくか。今後の日中両国の動向に注目したいと思います。