中曽根康弘元総理が『リーダーの条件』(扶桑社)を出版したのは、約20年前の1997年1月です。
その『リーダーの条件』の中で、既に何度も書いていますが、リーダーの要件として「目測力」「説得力」「結合力」、そして「人間的魅力」の4点を挙げています。
―「目測力」とは、この問題はどのように展開して、行きつく先はどこなのか、それをはっきり把握できる能力です。「説得力」とは、内外に対するコミュニケーションの力のこと。「結合力」というのは、よい政策と情報と、よい人材とよい資金を結合させる力です。そして以上のことをまとめ、遂行するには人間的魅力が不可欠です。もちろん政治理念、ビジョン、歴史的洞察力、情熱、勇気、決断力などさまざまな特性が必要なことは言うまでもありません。しかし体験的に考えて政治、会社組織を問わず、今日の日本のリーダーに具体的に要請されるのは、この4点です。
―事態の推移を予測し、自己の政策を遂行するのにいかに問題点を提起し、その結末に到達させるかの目測力が外交にも内政にも重要です。また、現代社会にあって政治家は鮮やかなコミュニケーターである必要があります。レーガン大統領やゴルバチョフ大統領は100%テレビを駆使しました。さらに知恵と人材を集め、これを結合させて政策を立案し、遂行させる結合力を持たなければなりません。以上を遂行する総合的能力には人間的魅力が不可欠です。政治家は政治のプロであって、宣教師でも学者でもありません。夢の実現に賭けるプロに徹することが大切です。メッキはすぐにはげます。
リーダーになろうとしても誰もがなれるわけではありません。元総理はいつからリーダーを目指したのか、そしてそのためにしたこととは?
―総理を目指したのはもちろん政治家になったときからです。それは私だけでなく、ひとたび政治家を志したものなら誰でも総理を目指すものです。
私の場合は、政治家になって自分が本当に総理になれるものかじっくり考えてみました。自分のまわりや同僚などを観察して、本当に日本を背負っていけるような勉強もし、志を持ち、体力もある人間がいるかというと、そんなにいるとは思わなかった。だから、これなら一生懸命努力すれば総理になれるかな、と思った。思い込んだところもあるかもしれない。そう思うと今度はいろいろな手法にも違いが出てくる。総理になるための手法を考えるし、選択していくようになる。そうして梯子段を昇っていったわけです、その間に風見鶏といわれたり、右翼や国家主義者と斥けられたり、外国からは日本軍国主義の統領とか、ラジオで放送され続けたこともありました。
最近の総理大臣の傾向を見ていると、総理になる準備をしていないなと思います。総理になるには志と使命感を持つことが大事ですが、それもあまり感じられません。途中で投げ出してしまう人もいるわけですから。勉強や準備という意味では読む本も違いました。国の統治や憲法問題に関するもの、外国の情勢解説書、それに宗教、歴史、科学に関するものが主でした。
日本の歴史上、最高のリーダーについては次のように書いています。
―私が見る限り日本史で最高の革新的リーダーは織田信長ではないでしょうか。もちろんこれは私の好みも入っていますが。新しい時代を開いたという意味では一番でしょう。信長は天才的でしたね。治世の雄ということでは徳川家康でしょう。豊臣秀吉となるとちょっとおっちょこちょいのところがあるように思います。幕末ではなんといっても先駆者は坂本龍馬と高杉晋作ですね。あの坂本龍馬の「船中八策」、高杉晋作の奇兵隊、発想と実行力が素晴らしい。時代の突破の切り口を開いた最も魅力ある人物です。大物は西郷隆盛、しかし純情すぎました。実力者は大久保利通、調整者は伊藤博文でしょう。
また実際に強いインパクトを受けた政治家についても述べています。
―私が直接知っている戦後の政治家のなかで、リーダーとして独特のカリスマ性を持っていたのは吉田茂と河野一郎でした。この二人は国会の廊下ですれ違ったときでも風圧を感じました。新幹線が通り過ぎるときにブワーッと風圧を感じますね。ああいう風圧を感じたものです。
―私の経験で、話し終わって別れるときに、気持ちよく別れさせる政治家が三人いました。一人はレーガンで、一人は鳩山一郎。もう一人はゴルバチョフでした。会った人を気分よく帰す。これはリーダーになるための重要な要素だと思います。
中曽根元首相はリーダーにとって楽観主義の必要性を語っていますが、同時に忍耐の重要性についても説いています。
―楽観とともに忍耐もリーダーにとってはきわめて大切です。政治家になってから、悪いときや苦しいときはじっとしていればやがて開けていくことを信じていました。つまり忍耐です。1962年の11月に、昭和基地を再開するために南極へ行ったのですね。そのとき米軍の砕氷船に乗船しました。それで艦長に、「南極における操艦の要諦は何か」と尋ねたところ、彼は「辛抱、辛抱、辛抱」と答えた。つまり一にも二にも忍耐ということです。南極では氷に閉ざされたら、けしてあせるなと、むやみにエンジンをかけてスクリューを回すと、スクリューが壊れてしまう。それで寝て待てで、翌日になると暖かい風が吹いてきて自然に水路が開けてくる。それを待つのだということなんですね。それで辛抱を3回も繰り返した。
私には艦長のその言葉が頭に残って、いかなる困難が起きても耐えていればいずれ水路が開けると信じていました。私のリーダー論でいけば、「楽観主義」と「忍耐」はリーダーの条件の核ともいえるものです。
国家指導者に必要な3つの資質について、政治外交史が専門で『昭和の指導者』(中央公論新社)の著者である戸部良一防衛大学名誉教授は、次のように述べています。
優れた指導者が持つべきものとして、
①歴史的構想力
歴史的センスに根差した洞察力
②理想主義的プラグマティズム
大義に通じる理想を掲げ、実行可能な措置を取り続けていくこと
③権力意志
地位にしがみつくのではなく、ミッション実現への用意、責任感を持つ
この3点を挙げ、浜口雄幸、近衛文麿、東条英機、吉田茂、中曽根康弘の5人の総理を比較しています。
―理想主義的プラグマティズムで優れていたのは中曽根です。戦後政治の総決算というキャッチフレーズで、制度疲労した戦後システムの抜本的な改革をビジョンとしました。しかも国鉄民営化などの改革手法は極めて現実的でした。もう一つのビジョンである憲法改正は断念しますが、安全保障では日本の自主性を高め同盟国の信頼を得る政策を採り続けました。徹底したリアリストであった吉田は独自のビジョン作りは不得手でした。
―(権力欲については)明快なのは中曽根で、日本のリーダーには珍しいほど旺盛な権力意志を隠そうともしていません。実は強い責任感覚の裏返しで『国家の将来は自分の決断ひとつにかかっているという恐ろしいほどの重圧に立ち向かわなければならない』と語っています。
そして、最も強いリーダーシップを発揮したのは誰かについては、
―強いて言えば中曽根かもしれません。個人的には自己顕示欲から表出されるパフォーマンスが苦手なのですが、多くの人々に見えるところだけでなくサミットでの議論、交渉の場でも発揮しました。中曽根は『首脳間の話はどっちの気迫が強いかという器量の見せ合い』としています。
小派閥に属しつつも自民党内の力関係の変化を観察し、権力をつかみました。首相になったときの準備を怠りませんでした。理想主義的プラグマティズムの模範ともいうべきリーダーシップを発揮することができました。
世界のリーダー達が自国ファーストを掲げ、国の利益だけのために奔走し衝突しあっています。世界が急に狭くなって、冷えてしまったような感さえあります。一国の問題ではなく世界が協力して対処しなければいけない問題、たとえば地球温暖化についても、国のエゴだけがまかり通る世の中がいいはずはありません。その急先鋒であるトランプ大統領と、強い同盟関係にある日本の果さなければならない役割は大きいと思います。トランプ大統領の登場以来、アメリカは良くも悪くも大きく変わりました。世界との関係も変わりました。つまり、リーダーによって国は変わることを心に銘記すべきです。