2022年2月24日、ロシアのプーチン大統領は軍にウクライナへの進攻を命じました。3月9日現在、首都のキエフは占領されずに国としての機能を保ち続けています。しかし、首都陥落までに残された時間は少ないでしょう。一方で停戦協議がこれまでに3回行われましたが、両国の主張の隔たりの大きさだけが目立ちます。これはロシアの正当性の主張の場であり、人道的であることを世界にアピールするためのまやかしともいえます。
ウクライナへ進攻を命じた日、ロシア国民に向けたプーチン大統領の演説内容を読むと、ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟をいかに恐れていたかがわかります。プーチン大統領は、1990年ドイツ再統一交渉の過程で、米国及びドイツ首脳がNATOの東方拡大をしないと約束したにもかかわらず、一方的にその約束を反故にしたと強調しています。その真偽は分かりませんが、今回のロシアによるウクライナ侵攻には、世界が納得できる明確な根拠がありません。
演説でプーチン大統領は、「NATOがさらに軍備を拡大し、ウクライナの領土を軍事的に開発し始めることは、私たちにとって受け入れがたい」ことであり、ウクライナ進攻を「今起きていることよりも、大きな災難に対する自己防衛である」と正当化しました。また、「起こりうる流血のすべての責任は、全面的に、完全に、ウクライナの領土を統括する政権の良心にかかっている」。つまり、戦争の責任はウクライナにあり、その背後にいる米国を強く牽制しています。そして、ロシアを守るためにはウクライナが敵の侵入を防ぐ壁、中立国にならなければいけないと主張しています。
まさに身勝手な論理であり、そのために多くの命が奪われ、街や故郷が破壊され、人々は国境を越えて「流浪の民」となっていきます。それも戦時体制下のウクライナでは20歳以上の男性は国内に留まらなければなりません。つまり、家族が別れ別れとなって、国外へ逃げているのです。国連人道問題調整事務所によれば、今後数カ月の間に支援を必要とする避難民はウクライナ国内で1200万人、近隣国では400万人に上る見通しとなっています。
昔、中曽根康弘先生はプーチン大統領のことを「ピュートル大帝の真似事をしている」といった事がありましたが、 正にプーチン大統領の言動はロシア帝国時代のツァーを彷彿させ、狂気の沙汰としかいいようがありません。ロシアに対して、米国・西側諸国は経済制裁(西側にも多大な影響がでますが…)、ウクライナへの武器及び武器関連物資等の供与で対応していますが、核ボタンを押せる指導者を相手に、この戦争を如何に終息させるのか。極めて難しい判断と細心の行動が求められます。
ウクライナといえば、中曽根先生の笑顔が今でも鮮やかに蘇ります。1994年12月のことでした。ハンガリーの首都ブダペストで開かれた欧州安全保障協力機構会議において、「ブダペスト覚書」が交わされました。これは大量の核兵器を保有したウクラナ・ベラルーシ・カザフスタンの3国が、核不拡散条約に加盟し核兵器放棄を約束した見返りに、米国・英国・ロシアが3国に対して安全保障を提供するというものでした。同じく核保有国の仏国と中国は、個別に3国に対して安全保障を行いました。それによって①独立と主権、既存の国境の尊重、②脅威、武力行使を控える、③政治的影響を与える目的で、経済的圧力をかけることを控える、等々が約束されました。
その知らせを受けた中曽根先生は、「世界平和への大きな前進だ。本当によかった」と大変喜んでいました。先生は、米国のレーガン大統領と共にソ連崩壊を導いたリーダーの一人でした。崩壊後のソ連や世界秩序のあり方について世界各地で講演されていましたので、覚書の成立を心から喜ばれたのだと思います。しかしその覚書は2014年に、ロシアがウクライナ南部のクリミア半島を武力で奪ったことで、反故にされたのです。
余談ですが、「ブタペスト覚書」が交わされ、核兵器削減に伴い核兵器の分解作業が行われました。この作業には特殊技術が必要で、日本も大変寄与しました。仮に米国・ロシア所有の核兵器を解体するとなると数十年、百年程の時間と、莫大な費用が掛かると関係者から聞いたことを覚えています。
その後、核保有数は殆ど減っていないのが現状です。それどころか核保有の危険は世界中にひろがり、密かに流出する核物質もありました。冷戦後、各地で勃発している民族紛争、テロでも核兵器との関連性がいわれ、核保有国も増えました。北朝鮮もその1国といわれているのは、ご存知の通りです。
ウクライナで起きていることは、決して対岸の火事ではありません。中国、ロシア、北朝鮮に隣接する日本の平和環境は日に日に厳しさを増しています。
ロシアとは北方領土問題がありますが、すでに交渉自体が終わった感があります。ロシアは国後、択捉の2島をミサイルと戦闘機を配置した軍事基地化し、さらに北の松輪島には地対艦ミサイルを展開するなど、オホーツク海の支配を進めています。
中国との間には尖閣諸島の領有権問題があり、深刻な台湾問題があります。台湾有事の際の日本の立位置が気になります。様々なケースが考えられ、その対応策が練られているのでしょうが、肝心な国民には有事の際にどうすればいのかが全く知らされていません。却って国民に不安を抱かせ煽るとの声が出るかもしれませんが、戦争は究極のリスク管理、危機管理を必要とします。今回のウクライナ進攻のように、アジアでいつ起きても不思議ではありません。場合によっては日本がターゲットになる可能性も考えられます。
昨年の10月には中国とロシアの艦船5隻ずつ、計10隻が津軽海峡を同時に通過しました。11月には中国海軍のミサイル艦とフリゲート艦、ロシアの駆逐艦が対馬海峡を通過し、翌日は両国の爆撃機が2機ずつ日本周辺の上空を共同飛行しました。単なる威嚇なのか戦争に備えているのか分かりませんが、両国は日本海で共同演習を行っています。また、今年になり何度もロケット発射実験をしている北朝鮮の動向も厄介です。
ウクライナで行われている戦争は、決して他人事ではありません。日本政府は米国と密に連絡を取り合い、国家国民を断固として守る事を真剣に考え、法整備を含め早急に準備をしておく必要があります。