元参議院議員 田中しげる

しげるレポート | 田中しげるの活動報告ブログ

核の抑止力とその限界
レポート 2022/05/11

 ロシアによるウクライナ進攻の背景には、ウクライナがNATO(北大西洋条約機構)加盟国ではなく、核保有国でもなかった点が挙げられます。
 日本の場合は四方を海に囲まれていますから、ある日突然、外から戦車部隊が地響きを立てて攻め込んでくるようなことはありません。しかし独裁国家であるロシア、中国、北朝鮮という核保有国に隣接しています。中でも北朝鮮は弾道ミサイルの実験を繰り返すと同時に、核実験を再開する動きを見せています。日本は常に核攻撃を受ける危険性の下にあるといえます。

 ド・ゴール仏国大統領(1890~1970)の軍事顧問として、仏国の核政策に貢献したのがアンドレ・ボーフル将軍(1902~1975)と、ピエール・マリー・ガロワ将軍(1911~2010)でした。二人はいずれも核大国の米国やソ連(当時)とは異なる、仏国という中位国の立場から核戦略を構築しました。※
 特にガロアは「比例的抑止」という概念を掲げ、仏国のような中級国家における核保有の意義を理論化しました。小規模であってもしっかりした核戦力があれば、核大国のソ連に対する抑止力になるという考えです。その一方でガロアは、核時代においては「同盟」は時代遅れと考えていました。米ソの核の均衡が達成された情勢では、「両者の絶滅を意味する核兵器の使用は、自らの死活的な利益が侵された場合以外には適用されないであろう。それ故、軍事安全保障を供給してきた過去の同盟に見られるような約束は実行されない」と述べています。つまり、「米国、ソ連は同盟国から頼まれても、核兵器を使用することで自国を危険な状態に陥らせることはしない」ということです。
 今回のロシアによるウクライナ進攻で、プーチン大統領が核攻撃を表明してから、世界が一変しました。プーチン発言に対してバイデン大統領は、核戦争になるのを避けるために米軍は直接戦わないと言明しました。ウクライナは米国の同盟国やNATO加盟国でもないので当然ですが、米国がウクライナの背後で軍事的に支えているのは周知の通りです。しかし、ガロア理論には「核の傘」の抑止力が存在しないという現実的な説得力を感じる人も多いでしょう。 

 中曽根康弘先生は自民党安保調査会副会長の時(1969年頃)、キッシンジャー氏の『限定核戦争』を読み、仏国の核戦略構築に貢献したのがボーフルとガロアであることを知り、両氏に会って直接話を聞いたそうです。「日本の政治家で二人に会ったのは、恐らく私以外にはいないだろうね。総理時代、フランスのミッテラン大統領に『ボーフル、ガロワ両将軍に会ったことがある』と言ったら驚いていたよ」と、話されたことがあります。したがってガロア説はよくご存知だったはずです。
 平和憲法の下、日本をどのように守るのか、先生は常に考えられていました。防衛庁長官だった1970年当時、「現実の必要性を離れた試論」として核開発にかかる費用と時間を内輪で研究させたことを、後年本に書かれています。それによると費用は2000億円、完成までに5年以内という結論でした。但し、核実験場等の問題もあり、日本では無理だというのが結論だったそうです。ちなみに当時の防衛予算は4800億円でした。
 先生は、核武装を第二次世界大戦の戦勝国の『業』(ごう)であるとし、「敗戦国である日本がそんな『業』の世界にのこのこ入っていく必要はない」と国会で答弁したことがありました。しかしプーチン大統領の発言以来、その『業の兵器』が日本の防衛に黒い影を落としています。日本よりさらに軍事忌避が徹底していたドイツでは、2月27日にショルツ首相がこれまでの方針を変え、今後は防衛費をGDPの1.4%から2%超にすることを発表しました。また今年は防衛費と合わせて1000億ユーロ(約13兆円)を基金として、兵器の近代化等々に取り組むとのことです。さらに、2012年から停止していた徴兵制度の復活も噂されています。日本でも防衛予算を現行の2倍に上げることが検討されています。

 英国の「国際戦略研究所」(IISS)は、「日本に対するロシア、中国、北朝鮮の脅威が増し、安全保障環境も低下している」と指摘しています。ロシアによる北方領土の不法占拠、中国による台湾有事もあれば、尖閣諸島の占有も考えられます。ところが日本の一部の政治家は、他人事と感じているのか危機意識が見られません。
 前のFBでも書きましたが、戦争は究極のリスク管理・危機管理を必要とします。他国からの攻撃で国家(主権・領土・国民)がなくなれば「国破れて山河あり」で、野党が念仏のように唱える平和憲法、護憲運動も、さらに唯一核被爆国であるからこその「もたない、つくらない、もちこまない」の非核三原則も全て夢幻となります。
 迫りつつある危機に、日本が独自で対応できるかといえば無理があります。非核3原則の制約の中で米国と歴史を積み重ね、様々な危機を想定してきた「日米安全保障条約」に従い、緊密にすり合わせを行った上で有事に備えるべきです。ガロアは核時代においては「同盟」は時代遅れと考えましたが、ウクライナの戦争は「同盟」の重要性を再認識させました。プーチン大統領は自由主義国家の団結力を完全に見誤ったといえます。
 日本は、「日米安全保障条約」を基礎に国民一人一人の防衛意識を高め、一方国民は、日本国家は自らが守るものだと肝に銘じるべきです。

※仏国と英国が米国の核とリンクさせていることは、周知のとおりです。各国の核兵器数は次のようになっています。
米国:5550、ロシア:6255、英国:225、仏国:290、中国:350、インド:156、パキスタン:165、イスラエル:90、北朝鮮:40~50(2021年1月、ストックホルム平和研究所調べ)

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