元参議院議員 田中しげる

しげるレポート | 田中しげるの活動報告ブログ

内閣総理大臣の”覚悟”と”実行力”
レポート 2024/10/01

 新しい内閣総理大臣に石破茂氏が就任しました。
 日本は荒波の真っ只中での日本丸の船長交代です。新たな船長は嵐の中を如何にして乗り越え、次なる航海へ立ち向かっていくのか…。

 内閣総理大臣の”覚悟”と”実行力”とは如何なるものなのか。中曽根康弘先生が内閣総理大臣に就任した際の言葉を紹介したいと思います。
 中曽根先生は、インタビュー伊藤隆(東京大学教授)、佐藤誠三郎(東京大学教授)両氏によるオーラルヒストリーを本にした『天地有情~五十年の戦後政治を語る』(1996年出版:文藝春秋)の中で、次のように述べています。
 以下の文章は、インタビュアーの佐藤誠三郎教授の質問に対して、中曽根先生が日記に記したことを紹介したものです。
「日記:今回の総理大臣秘書官は従来の例を破って特別に人選をする。将来次官候補である優秀な局長直前の人材を官邸に差し出すように指示し、川島広守君にその選考、調整を依頼しておいた。従って、今回の秘書官は省内に力のある有力な人材である。大蔵省の小粥君は近畿財務局長に就任後、二カ月で東京に呼び戻された由。全秘書官に、『諸君は秘書官と同時に補佐官と心得る。私は前進型だから落ち度が多いので何なりとも注意、進言するように。総理と秘書官はいわば爆撃機の搭乗員同士で、落ちる時は一緒だ。』と述べる」と、中曽根先生は内閣総理大臣としての”覚悟”を全秘書官に伝え、更に次のような姿勢で臨んだのです。
「政権がどれだけのことができるかというのは、成立した時のスタートダッシュの勢いで決まるものなんです。いったん政権の座についたなら、困難だが重要な二、三の問題を就任当初の短時日に片付けてしまい、その実行力を国民や野党に示さなければならない。外交に関しても同じです。政権交代したときは、新たな観点に立って国家間の困難な問題を解決できる絶好のチャンスなんです。私はそれをアメリカ、韓国、中国、そしてソ連(現ロシア)に対してやろうとしたのです」。
 中曽根先生が総理大臣に就任したのは 42年前の1982年11月でした。翌年の1月早々まず韓国を訪れ日韓関係を修復し、中旬過ぎには訪米しロナルド・レーガン大統領と「ロン・ヤス関係」を築くに至ったのです。その後も東南アジアを回り、各国首脳と個人的な友情を確立し、その後のサミットでは、彼らの意見を反映させたのです。先生はまさに”政権交代時”の「絶好のチャンス」をものにし、国民に対して”実行力”を示したわけです。

 石破茂内閣総理大臣は如何なる”覚悟”を持って全秘書官に訓示を述べ、そして如何なる”実行力”を国民に示すのか。
 新しい総理には国民に実績を示さないまま衆議院解散総選挙を行うという以外の”覚悟”と”実行力”を示して頂きたいものです。

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