衆議院選挙の結果は大方の予想通り自民党の大敗でした。
先のコラムでも書きましたが、中曽根康弘先生は「いったん政権の座についたなら、困難だが重要な二、三の問題を就任当初の短時日に片付けてしまい、その実行力を国民や野党に示さなければならない」と述べています。つまり、新しい総理はスタートダッシュで実績と実行力を国民に示すことが重要だと指摘しているのです。
石破茂内閣総理大臣は、総理大臣に就任するやいなや、何の実績もないまま衆議院を解散し総選挙に打ってでました。全く実績がないままで国民は何を評価していいのか分かるわけがありません。そもそも小選挙区比例代表制では、安定多数を獲得しているならば解散総選挙をする必要はなく任期満了まで政権を維持し、その間に重要課題に挑戦し成果を国民に示すことができたはずです。
また石破総理は「防災庁」を政権の柱の一つに据えるつもりでいます。将来的に「防災省」への格上げも検討していますが、そのためには予算と人員を増やさなくてはなりません。行政改革は時の内閣が常に断行すべき課題でありますが、それにも逆行しています。防災省構想には「屋上屋を架すだけ」との指摘もあるのは当然です。
石破総理は危機管理に関しての専門家のように言われています。しかし、今回の解散総選挙までの過程を見ても全てが場当たり的対応でとても危機管理のエキスパートとは言えません。南海トラフ巨大地震の危機が迫りつつある中で、総理は大震災に対して的確かつ迅速な指導力を発揮できるのか、不安と失望感すら覚えます。
中曽根先生は、先のコラムでも紹介した本ですが、インタビュー伊藤隆(東京大学教授)、佐藤誠三郎(東京大学教授)両氏による『天地有情~五十年の戦後政治を語る』(1996年出版:文藝春秋)の中で、危機管理の要諦に関して次のように述べています。
「佐藤 行革審の答申を受けたとして内閣官房の改編をやりましたね。それで、現在の官房五室ができたわけですが、これについては……。
中曽根 大臣の中西一郎参議院議員に「危機管理を研究してほしい」と特命して、かれはヨーロッパを回って調査して危機管理の答申をまとめました。そういうことがあって五室という問題に移行したわけです。一番の目玉は、国防会議を安全保障会議に改組し、安全保障室を設けたことでした。あとは内政審議室、外政審議室といったものです。
もともと官邸を強化することには賛成でしたが、内部に部局をつくったり格上げしたりしてもそんなに効果はない、と疑問を持っていました。要するに、総理大臣にどれだけ先見性があるか、実行力があるかにかかっているわけで、周りにやたらと風鈴をつけたらそれだけ邪魔になって効率が悪くなるだけだ、と批判的だったんです。
ところが、後藤田君が熱心で、それから瀬島さんもなかなか熱心でした。それで、いろいろ案をつくって持ってきた。私は「官邸の仕事というのは総理と官房長官の力で決まるわけで、こういうものをつくるとかえってマイナスになるぞ」といったのですが、後藤田君が熱心に推進したんですね。「いや、総理の場合はそれでいいが、次の者のためにも備えをきちんとしておかないとうまく機能しない」という話で、「じゃあ、そうしよう」と。そういう経緯で認めたわけで、たいして期待もしていなかった。
佐藤 しかし、実際、実力のない人物が総理になったら……、という危惧はあったでしょう。
中曽根 指導者の要件というのは三つあるんです。もちろん、ニクソンがいっていたように、勇気とか、情熱とか、歴史的洞察力とか、理想とか、そういったものも必要ですが、そんなものは当たり前で、そのほかに、現在の日本では、一つは目測力、もう一つは結合力、そしてもう一つは説得力を持っていないとダメなんです。
目測力というのは、この問題はどういうふうに展開して行き着くところはどこなのか、それをしっかりと把握できる能力です。結合力というのは、良い政策と情報と、良い人材と、良い資金を結合させる力です。そして、説得力というのは、内外に対するコミュニケーションの力。この三つが現代の日本のリーダーに求められる要件なんです。そして、とりもなおさず、総理大臣自身がそういう力を持つことが危機管理なんです」
今回の総選挙では、残念ながら石破総理には目測力、結合力、説得力のすべてが備わっていないことが証明されました。
危機管理の要諦は内閣総理大臣の資質によるのです。